ジンバブエ野球とHIV・エイズ啓蒙

岡田千あき

 この夏、11年ぶりにジンバブエを訪れた。3月にマンディ氏に大阪でお会いして以来、メールでのやり取りを続け、半年後に叶った来ジンであった。私は現在、「スポーツを通じた開発(国際協力)」をテーマに大学で研究をしている。ジンバブエ野球連盟の活動が、「スポーツを通じたHIV・エイズ啓蒙」の一事例として取り上げられるかもしれない、と思い調査に入ったのだが、ジンバブエで見たものは、予想をはるかに超え、組織的で理にかなった活動であった。この通信では、見聞きしたことの一部しか伝えられず、また、野球については、見るのは好きだがプレイは全くできないため、間違った理解をしているかもしれない。ジンバブエ野球会の諸先輩や元JOCV野球隊員の皆さんを差し置いて、ジンバブエ野球について書くことに気後れがあるが、現在のジンバブエ野球連盟の勇敢な試みを少しでも伝えられればと思う。

 久しぶりのジンバブエは、大きく変わったような何も変わっていないような不思議な感じだった。ハラレの空港でマンディ氏に迎えてもらったが、まず、エア・ジンバブエはスト中ということで一機も見当たらなかった。ハラレ-ブラワヨ間を繋いでいたブルー・アローという大型バスも夜行列車も運休しており、1週間後に予定していたブラワヨからの出国まで、ハラレ→マシンゴ→グエル→ブラワヨとマンディ氏の車で南下することになった。その間、野球連盟のスタッフと共にクリニックを開催しながら寝泊りし、各地の学校スポーツや野球普及の状況を見ることができた。各学校でのスポーツへの取り組みは、10年前とは大きく変わっており、残念ながら消滅している部活動(学校スポーツ)が多かった。政治と経済の混乱の中で、とりあえず授業を行うことだけを維持していた結果のようだった。

今回の調査の目的であったHIV・エイズについては、「少しでも野球連盟の活動との関わりが見られれば」という程度の思いだった。しかし、野球連盟の普及活動において、重要な位置を占めており、その理由の一つにジンバブエの国民のHIV感染率の高さが挙げられる。2010年の国連合同エイズ計画(UNAIDS)のレポートでは、これまでのエイズによる死亡者は8万3,000人、15才~49才の成人のHIV感染は人口の14.3%、17才以下のエイズ孤児が100万人と報告されている。世界で最も感染率の高い国の一つであり、出生時平均余命が42才と世界で最低水準にあるが、それでもこの統計はジンバブエの現状を正確に反映していない。この統計の中には、大規模農場で働く他国からの移民やその子どもといった最も感染の危険が高いグループが含まれていないからである。人々の実感として3人~4人に1人、国民の25%~30%がHIV陽性者ではないか、ということであった。

 ジンバブエ野球連盟は、Maxwell and Friends Foundationと共同で野球クリニックの際にHIV・エイズ啓蒙を行っている。具体的な啓蒙活動は、野球の練習および試合の間の休憩時間や終了後の時間を使って行われる。Maxwell氏を始めとしたHIV・エイズ啓蒙の担当者がグランド内の空いている場所に参加者を集め、1回につき30分~40分間程度、HIV・エイズに関わる様々な話がなされる。ジンバブエでは、家族間で性的な話をする機会は皆無に等しく、コミュニティにおいて情報発信の役割を担う教会においても性に関する話題はタブーである。政府は学校におけるHIV・エイズ啓蒙を奨励しているが、教師の多くは専門的な知識を有しておらず、また性に関する内容を扱うことに対してためらいを持っている。ジンバブエ野球連盟によるHIV・エイズ啓蒙は、①野球を習いにくる子どもの多くが、13才~18才と最も啓蒙が必要な年齢である、②野球の普及活動であることから、初めて来る子どもたちが多い、③学校でありながら、野球をしていることで場が和んでいる、④野球を教えてもらった「身近な他者」によるものである、などの理由から効果が高いと思われる。

 ジンバブエ野球連盟の普及活動は、かつて野球隊員を始めとした協力隊員が野球を普及した地域を優先して行われている。ハラレ、グエル、ムタレ、ブラワヨなどでは、新旧ナショナルチームの代表選手を中心に活動を担える人材が点在しており、ハラレから来る野球連盟を受入れ、クリニック開催の手伝いをしている。現在は、マンディ氏が各地区で中心となりえそうな人材を発掘し、地区ごとの小学校、中・高等学校、クラブチームの野球連盟の設立を後押ししている段階にある。マンディ氏は、全国を行脚する普及活動を続けながら、かつて協力隊員が行っていたような地区ごとの普及体制を確立しようとしている。 

 現在は、HIV・エイズ啓蒙と組み合わせていることもあり、全国の学校からのクリニック開催の要請が後を絶たない状況である。1回につき1~3都市を周る普及のためのキャラバンを月に2~3回行っており、各回数百名の教員や学生の参加があるため、絶対的に用具が不足している。布製ボールと木製バットについては国内の工場で生産したものを配布しているが、今後は、グローブも含めた用具の確保を考える新たな局面にあると言える。ジンバブエ野球会にも支援の要請が届いており、ようやく見えてきたジンバブエの復興の兆しと共に、数年ぶりに息を吹き返したジンバブエ野球の発展が期待できそうである。