事務局だより

伊藤益朗

 

●前号でジンバブエ野球協会の今後の計画2案をお伝えしました。その内の、日本に毎年2~3人の選手かコーチを約1か月間派遣して練習参加させる計画に関して、皆様にご協力のお願いをしましたところ、たくさんのご好意を頂きましたことここに厚く感謝申し上げます。計画に沿って3選手の選考までしていましたが、最後になってモリス氏から「今回は代表チームの南アでの大会参加に変更したい」と伝えてきましたので、そちらへの支援に振り替えました。ご了承ください。いつも温かいご協力を頂き、感謝しています。

 

●今年4月に1か月間の短期野球隊員(佐久間大樹君ら)が2人、ジンバブエに派遣され、田澤隊員と協力して普及活動に当たりました。感想文お読みください。

 

●来る8月11日(祝)の夏の集いでは、尼崎産業高校、尼崎双星高校野球部前監督の岩崎広貴さんに、講演会形式にこだわらずに語って頂き、「イワサキワールド」を共にいたしましょう。

 

●前回の「冬の集い」は、2月20日(土)に塚口さんさんタウン住宅集会室で30名の参加を頂き、開催しました。昨年12月にジンバブエを訪問された時の経験を映像を交えて紹介して頂き、新鮮な感動が参加したみなさんによく伝わっていました。

 

●「冬の集い」平成28年2月20日

大前健治さん55歳(全日本少年硬式野球連盟 姫路アイアンズヘッドコーチ)のお話

「ジンバブエで野球体験」より(パワーポイントや動画を使用)

 私は野球好きのオッチャンです。昨年12月のジンバブエ訪問中はブラワヨのジンバブエ野球連盟のモリス会長邸にホームステイ。庭付きの邸宅でしたが、別の家族とのシェアハウスでした。鉄格子と木のドア。2重に防犯対策。広いキッチンダイニング。テレビはいつもアルジャジーラが映っていました。停電があり、日本では今では珍しいローソクで過ごした日もありました。停電でなくても照明は電球ひとつで部屋は暗かった。グランドから帰ると、すぐシャワーを浴び、買って来た冷たいビールで乾杯。疲労でウトウト。至福のひと時でした。洗濯はギザギザ部分がある石の洗濯槽で手洗いをして、裏庭の物干しで乾かす。食べ物は主食のサザ、サザとチキン、ライスとチキンなど。レストランではステーキが16ドルでしたがおいしくはなかった。クリスマスには合宿中の代表選手たちと高等学校のグランド横でバーベキューパーティー。肉はしっかり焼いて食べていた。店やスーパーは入り口も窓も鉄格子。モリス宅から高校のグランドまでの道に、信号はほとんどなし、道はアスファルト。気温は31℃から32℃でしたが車の窓を閉めても暑くない。マンゴーの木と実、ジャカランダの花、カメレオン。休日に連れて行ってもらったマトポ国立公園でバランシングロックや洞穴の壁画。

 12月18日にブラワヨ着、モリス邸に荷を下ろすとすぐに開催中のドリームカップ会場のハミルトン高校へ。大会を観戦して感じたこと。ファウルボールを誰も取りにいかないこと。田澤隊員はハラレチームの指揮を執っていました。試合後のモリス会長のミーティングでの発言はオーラがありました。信念があるのだと感じました。

 2日目はグランド設営を手伝いました。選手たちの昼食はモリスが手配。この日に私(大前さん)は主審を買って出て見本を示しました。優勝はブラワヨチーム。その2日後から選抜した22名でナショナルチームキャンプを同じ会場で実施。次の日からケルビンがグランド整備を手伝ってくれた。街を眺めると高齢者は少なく感じました。

 練習では毎日、その日のMVPを選出し、簡単な賞品を贈った。選手がグランド整備を手伝うようになってきました。田澤コーチのシートノックでは元気な声が飛び交っていました。伊藤氏は守備練習で自らノックを受け、見本を示した。紅白戦。代表チームキャンプの打ち上げでメンバーが国歌を斉唱した時には感動しました。日本の独立リーグに在籍していたシェパード氏は2日間参加し、ファウルボールをダッシュでとりに行く姿に感動しました。首都ハラレに移動し、ハラレ野球協会会長のウィンモア氏、2004年の日本来日時の団長ピータームルコ氏らと会った。奥地にあるワシントンコーチの実家も訪問し、ご両親にお会いした。モリス氏には車でハラレ訪問など献身的にサービスをして頂いた。最終日にJICA事務所を訪問、話を聞いて頂いた。蚊に注意していたがあまり刺されることもなく無事でした。

まとめ:

・モリス氏から学んだこと「献身的な行動は人に感動を与える」

・人は褒められることでより成長する。

・世界は広い。けれど数十時間で別世界に踏み込むことができる。

・人と人との出会いとつながりを大切にしていきたい。

 

正岡先生との出会い:高校で監督と野球部員という関係だったが、貧しい家庭で「夏休みにはバイトをしないと食べられない」と申し出ると、正岡先生ら野球部に関わっていた先生方でお金を出し合って頂き、野球を続けることができました。感謝しています。

挨拶、返事、ごみを拾う、チームのために働く、親に感謝するなどを学び、「野球をやっていて本当によかったと、そう思える日まで続けましょう」

 

●2004年10月に来日したジンバブエナショナルチームの団長をしておられた、ピーター・ムルコ氏が3月29日にご逝去された、とモリス氏から連絡が入りました。

当時、我々が来日メンバーにお土産代としてお配りした5000円を、事故に遭われて手術が必要なお子さんのために、使わずに持って帰るとおっしゃっていたことを今も記憶しています。きっと裕福ではなかったと想像しますが、ご苦労に負けず現実にしっかり向き合って生きられたお姿に何とも言えない品格を感じる方でした。私は、日本の医療技術に救われて今も生きていますが、ピーターさんも日本の医療レベルだと今も元気にされているかもしれません。昨年12月にハラレで12年ぶりにお会いし、ハグした感触は忘れません。

 

●尼崎市と実行委員会の協賛で開かれる講座「みんなのサマセミ」に、正岡さんが「ジンバブエ野球支援」で下記の通り、1講座受け持ちます。ご都合のつく方はお越しください。

8月7日(日)14:40~15:30、百合学院校舎4階です。(尼崎市若王寺2-18-2)