講演会報告「豊かさと貧しさ」

山口拓

 

ジンバブエ野球会は冬の集いとして、西川潤先生(早稲田大学政経学部教授)の講演会を2月24日に関西学院会館で開催し、84名の出席を得ました。山口 拓さんの感想を掲載し、皆様へのご報告とさせて頂きます。

 

   

         

〈 はじめに 〉

 

今回の講義は、将来、開発分野で活動を望む私にとって、かけがえのないものとなりました。この場を借りて、今一度、代表の伊藤氏を始め、ジンバブエ野球会の関係者の皆様に感謝の意を表したいと思います。又、今後も末永く御付き合い頂きますよう、宜しくお願いします。

 

〈 衝撃と関心の連続 〉

 

西川 潤 教授の講義の中で示された「幅広い知識」や「緻密な定義づけ」そして「氏の話術」にのめり込み、数時間は瞬く間に過ぎ去った。広域な内容であった講義の中でも、私は、特に「言葉」と「視点」について強い印象を受けた。

 

〈 言葉の意味 〉

 

西川 教授の講義の端々で定義された「言葉の背景」に関して、それぞれの言葉の裏に隠された歴史と意味が、これほど重要だったのかと、恥ずかしながら、これまで「言葉の表面」しか追っていなかった自分を再確認する結果となった。

 

様々な言葉を定義されておられたが、中でも開発についてが、一番印象に強い。この言葉、一般的には「かいはつ」と読まれる。他動詞に属し、「農村を開発する」といった具合に用いられる。私はこれまで、この言葉を幾度となく目にし、又、用いてきた。しかし、改めて思い起こすと、この言葉の本質に触れることなく、その種類を追って来たのみに留まっている事に気付かされた。氏によると、タイでは、これを「かいほつ」と読み、自動詞に属す言葉である。

 

その意味は、所謂「さとり」であり、自分自身を前進させるための「開発」なのである。

 

また、英語においても、今後、使うべきである用語として、幾つかが紹介されていた。例えば、表題で記されている「豊かさと貧しさ」においてである。

 

 

 

現在までRich(=物の豊かさ、他者の貧しさの上に成り立つ)とPoverty(=物の貧しさ)であったのを、今後、Wealth=we all(=心の豊かさ、私たちみんなが報われる)とDeprivation(=自分自身でない状態、人間貧困)へ、更に、Welfare=well-fair(=繁栄、福祉、他者から与えられる)をwell-being(=自分自身が作り出す、良い状態)へ、といった具合に言葉の本質を捉える事の重大さを再認識させられた。

 

〈 モノを捉える視点 〉

 

次に、1つのモノを多角的視点で捉える必要性を強く感じた。例えば、開発と言う言葉において、その歴史的背景と地理的背景、つまり、縦軸と横軸の両面で捉えられていた。西欧と東洋の開発理念は、その言葉の発祥からして大きく異なっている。西欧ではこれまで、ゲーテを代表する物語「ファウスト」の中で語られたように、「愛情」や「地域性」よりも中央集権的な国家主導による開発が進

 

められて来た。一方、タイでは、宗教的な背景からも仏教用語である「さとり」による内面的自立こそが人間開発であると謳い、自己の内面的発展による開発が中心となって形成されている。

 

では、日本はどうだったのか?

 

氏によると、日本は明治以来、豊かさを追求する際に、富国強兵などの国家主導型経済成長を遂げてきたとされていたが、私は、日本も民衆レベルにおいては、タイと同じく「内発的発展」を助長する考え方を保持していたのではないか?と考える。何故なら、外来の知識として入った「仏教」が、少なからず影響し、又、日本古来の伝統芸能・武術においては、精神鍛錬・修行の一環と位置付ける事が可能であったと考えられるからである。

 

〈 新しい開発理念 〉

 

それぞれの社会及び地域によって生活ライフスタイルは大きく異なるが、講義の中で、この点も強く指摘されていた。

 

 

 

 

 

氏は、幾度となく「現在までの北側諸国の発展は南側諸国の貧困層を生み、環境破壊という大きな犠牲も伴っていた。又、低GNP諸国に対する経済発展のための開発も、自国の考えを元に押し付けてきた傾向にあり、実際の格差は狭まるどころか広がっているのが現状である。」事を指摘されていた。又、「貧しい者とは、物質的・精神的に窮乏している人である。」と、

 

マザーテレサの定義も引用されておられた。確かに、社会の流れは、経済問題のみに固執する傾向が強く、自らの開発に時間が割けないのが、現状である。以上の事からも、「豊かさと貧しさの関係」は、南側だけの問題ではなく、地球上の人類全体の課題であり、自然多様性の尊重を意識しなければ、地球自体が破滅の方向へ進んでしまう危険性があると言う危機感を今一度抱くなど、私にとっては、将来の活動への大きな助言と相成った。

 

これに対して、氏は、「内発的発展が、今後の開発のキーポイントである」とも指摘しておられた。つまり、社会発展に市民参加は不可欠であり、貧困問題の解決は、中央集権的・国家主導型及び市場経済ベースの開発政策では不可能だと判断した訳である。

 

〈 スポーツと開発 〉

 

講義の始めに西川氏は「スポーツによる開発」は、「協力」「勇気」「公正」を伝えるのに有効と述べられたが、最近では、国際的な動向として「スポーツによる開発」が注目を集め、「豊かさ」の追求、つまり「人間開発」に役立つ一手段である事が謳われている。

 

開発分野において「スポーツ」が万能薬だとは決して思わないが、私は、氏の述べられていた「内発的発展」に「スポーツ」が、最良の効果を発揮するものであると信じ、思いを新たにする。

 

(山口拓さんは青年海外協力隊員OB)