障害者野球の紹介と夢

日本身体障害者野球連盟理事長

兵庫神戸コスモス監督 岩崎廣司

 

 障害者にこそスポ-ツが必要なんだと考えて、障害者野球チ-ム「兵庫神戸コスモス」を1981年に創りました。当時、欧米ではアウトドア・スポ-ツは盛んでしたが、日本ではインドア・スポ-ツがまだまだ主流で、車イスバスケットや卓球しかありませんでした。野球が大好きで特に、巨人ファンであり熱烈な長嶋ファンでもある私は、国民的スポ-ツである野球が障害者スポ-ツの競技種目にないことが、がまんできずに「ならば、作ろう」と簡単に思ってしまったのが、そもそもの始まりです。

 結成母体が肢体不自由児の医療療育機関だったこともあり、肢体不自由者中心の野球に取り組むことになりました。なにぶん、わが国では初めてのことでもあり資料や研究文献もなく機会をとらえては障害者スポ-ツ指導者講習会等も日参しました。つまり先駆的挑戦でもあったのです。苦労をしたのはル-ルづくりです。障害部位や程度によって運動能力に違いがありますので、あまり過激でもいけないし、かといって野球本来の持つ楽しさが損なわれてもおもしろくありません。全力疾走できない打者のための「打者代走制度」や両下肢機能麻痺の捕手が、投球をミットか体に当てれば「捕球した」とみなすル-ルは仲間を配慮し「いつまでもいっしょにやろうよ」というやさしさの表われなのです。

 もう一つの困難はグランド確保でした。特に、チ-ム数も増加して野球大会を開催したいと思い球場へ使用申請に行きますと担当者は「障害者に野球なんてできるのか?」とか「ケガでもしたら大変じゃ」とかいろいろ理由をつけられて使用不可が続きました。でも私は「社会構成員の中で一部の人を除外するような社会は、もろくて弱い社会だ」と考えていましたので粘り強く交渉し実現しました。最近も、養護学校生のチ-ムを引率して来られた教師から「教室の中では味わえない感動を生徒は体験することができました」と御礼を述べられました。

 近畿地方から広がった障害者野球は関東や東北そして中国や九州にも普及し現在、北から南まで30チ-ム660名の会員が登録して日本身体障害者野球連盟を設立して、イチロ-のプレ-する「グリ-ンスタジアム神戸」で全国大会を開催するまでになりました。当日は北から南から全国の野球チ-ムがユニフォ-ム姿で神戸をめざして集まってきます。当初、こんな姿を誰が想像したでしょう。いつも開会式でプラカ-ドの行進を見ながらスポ-ツの楽しさには健常者も障害者も垣根はないのだと実感しています。

 病院の廊下から始まった野球は、多数の障害者の健康維持・残存機能の向上・社会参加促進・親睦交流などの成果を上げておりますが、将来は国内に留まらずアジア大会や世界大会の開催へと夢は広がります。いろいろなパイプを通して海外の障害者野球チ-ムを探しておりますので、既存のチ-ムを知っている方、または海外で障害者にも野球の手ほどきをしてチ-ムを作ってやろうと思われる方は、ぜひご連絡をください。お願いします。

 障害者野球を始めた責任者として最近考えることは、自分たちだけの楽しみで終らせるのではなく定着させて将来、事故や病気でスポ-ツを断念している若者にとっても福音となるよう残してゆければと願っています。これからも、野球宣教師として邁進する所存です。どうか、今後ともご支援ご協力の程よろしくお願い申し上げます。

<連絡先>

 日本身体障害者野球連盟事務局 TEL:078-752-4100

 E-mail:ciwasa30 @ portnet.ne.jp

 

 又はジンバブエ野球会事務局       TEL:06-6427-4950